2011年11月30日水曜日

来年は変化の年だそうです

2011年はいろいろ波乱の年でした。今年は、いろいろ、潜んでいた問題点が表に出る年だそうです。マイナスの部分がすべて表に出る年、デトックスでしょうかね。  東日本大震災もそうでしょうか。とにかく内在している悪いことがすべて表面化する年だそうです。  来年は、新しいものが生まれる年だそうです。大きく変化をする年だそうです。大きく変わります。今年あまり良いことが無かった人、来年はよくなるそうですよ。  何事も大きく羽ばたくときは、深くしゃがまなければなりません。何事も前向きにとらえることです。

2011年11月24日木曜日

立川談志師匠がなくなりました

立川談志師匠がこの世をなくなりました。天才肌といわれ、異端児といわれた巨星が堕ちたようです。  テレビで故人を想い忍ぶ中に  「過ぎたる謙虚は傲慢だ」 と言われたそうです。日本人は謙虚は美徳という風潮がありますが、このセリフは実に奥深く、うんちくがあるような気がします。  「天狗になっている人には勢いがある」 これも談志師匠のセリフです。談志さん特有の逆説でしょうか。逆説は、実はストレートに相手に響きますね。

2011年11月23日水曜日

お金とスピリチュアルと幸せ

お金は大事です。お金がないと心がふさぎます。余裕が持てません。スピリチュアルどっぷりの人は、お金に対する感情を重視しませんが、お金がなければ何もできないのも事実です。将来、通貨というものはなくなると、宇宙規模の話の中で理論を展開する人がいますが、そんなことはあり得ません。お金は重要です。  でも、お金に振り回されたくはないですよね。お金の余裕があって、はじめて精神論なのかもしれません。精神論だけで生きていけるのであれば、それはある意味、解脱しているのか、寄付で成り立っているのか、あるいは現実逃避なのかなのでしょう。でも、お金に振り回されないようにするために心を鍛えることは重要ですね。  お金の世界とスピリチュアルの世界は両立しないのかもしれませんが、それでも、どちらも大事です。  ここずっと、お金とスピリチュアルの世界を書いていますが、金儲けのために精神を鍛えるということはありません。お金を稼ぐのと精神を鍛えるのは別の次元で、目的も違います。幸せになるという目的なら同じでしょうが、お金がなくて幸せになることは厳しいですし、お金があっても幸せではありません。  お金は重要です。心も重要です。まだまだ修行半ばですね。FPとして、お金の現実ど真ん中の仕事と、かたや鎌倉でスピリチュアルを勉強していますが、まだまだ、道は遠いです。

2011年11月22日火曜日

運気を上げるためにスピリチュアルや風水があるわけではありません

金運ってなんでしょうか。壺を買ったり頻繁に神社詣でをすることでお金が増える、お金が手に入るわけではありません。  恋愛運、金運、仕事運を得るためのスピリチュアルというか、風水というか、そういったものはありません。自らの「気」をただすことのために風水があり、スピリチュアル的なアドバイスがあります。きれいな体に「運」は宿るという考え方です。金運を上げるために体をきれいにするというのは本末転倒です。  体をきれいにするということは、「気」をきれいにするということです。「気」をきれいにするということは、チャクラと呼ばれるところを整えることです。そうすることで、自然と良い空気が、良い流れが宿ってきます。それが「運」がついたということになります。  自己投資は、自らの「気」を整えることに必要で、金運を上げるということにかけることではありません。それは、自らを高めるところに必用です。

2011年11月21日月曜日

お金の欲求と精神世界は別

スピリチュアルとお金の世界は別です。金運アップとか、お金持ちになるとかありますが、必ずお金持ちになるわけではありません。そもそも欲と精神の世界は相反するものだと考えます。  そもそもお金は清いものだといわれています。「金」は光り輝くもので、むかしから聖なるものの象徴でもあります。お金に汚れがついてくるのは、人間の欲がまとわりつくからです。  精神を鍛える、こころを清らかにすることは、自然と、聖なる「金」が集まる心を養うことなのでしょう。そして、その心がお金を呼ぶのだと考えます。お金がありすぎると不幸になると言われたりもしますが、それは、お金の魔力に振り回されているのでしょう。その魔力に打ち勝つ清い心が、お金を持つ人には必要だということになるのでしょう。それがスピリチュアルの世界の考え方です。  「西に黄色」とか、「金運神社参拝」などがありますが、それだけでお金持ちになるのなら苦労はしませんよね。しかし、世の中で成功している実業家の方々や多くの社長さんたちは、どこかで、このスピリチュアルの世界とかかわっています。お金を稼ぐのは実社会、つまり人の技量であり手腕で行います。ただ、お金が稼げることへの感謝の心で精神世界と向き合っているのでしょう。自らの研さんでお金を稼ぎ、稼ぐことを感謝し、社会に貢献することで、事業に成功しているのだと思います。  金持ちになるとのふれこみで、精神世界を説くのはいかがなものか。修行により、お金を取ることは言語道断です。

2011年11月18日金曜日

勝ち組と負け組について

勝ち組と負け組  そんな言葉をよく聞きます。格差社会の本家アメリカでは、勝ち組は20%ぐらいです。その20%の人たちは平均年収2000万円だそうですが、残りの80%は年収500万円ぐらいだそうです。  それはお金の話で、果たしてそれだけで豊かといえるのかどうかです。しかし、アメリカという社会では、完全に資金力が豊かさのバロメーターです。社会制度がそうなっているからです。十分な医療を受けるにはお金は必要です。お金がないと、入院もできません。老後資金も401kですから、自分で増やさなければなりません。北欧のような、病院へは財布を持たないで行くところとは異なります。  アメリカでは宗教が流布しています。ほとんどの国民は教会に行きます。無宗教という人が多い日本とは異なり、アメリカ人は心が病んでいるということがいえるのでしょうか。アメリカ人は眠剤を含めた精神役服用率は高いのではないでしょうか。  日本にいるから言えることは、お金だけがすべてではないということです。アメリカ式の勝ち組ではなく、日本式の勝ち組があってもいいと思います。それは精神的豊かさが成り立つ国だからです。TPP参加で、日本の文化は消える問われていますが、日本の心の豊かさまでもむしばまれることがないようにしてもらいたいです。  勝ち組は、豊かな資金力を手にすることだけではありません。

2011年11月14日月曜日

真摯とは何か

真摯であれ  この言葉は一世を風靡した「もしドラ」の中にも出てきます。マネジャーは真摯でなければならないということです。  真摯という言葉を辞書で見てみると「まじめで熱心なこと」とあります。同義語には、誠実とか純粋、正直などがあります。よく「表と裏」なんてことを言いますが、うわべの繕いではなく、心底、純粋であることが真摯なのかもしれません。うわべだけというのは相手に見透かされます。心の底からの思いが真摯という言葉につながるのでしょうか。  人はいざというときにその本質がわかります。その時に表れる態度で、実態がわかります。その時に本当に真摯でいられるのかどうか。人の本質を見極めるのは難しいです。  でも、ドラッガーも書いていますが、真摯であることが成功のカギでもあるのでしょう。マネジャーの資格は真摯であること。そうでないと人を感動させられないし、人を動かすことはできないのでしょう。

2011年11月10日木曜日

行き詰ったら動きましょう。

 ぎりぎりに追い込まれたときに真の力が発揮するなんて言われますが、ぎりぎりに追い込まれるのはつらいですね。スポーツにおいても、限界まで追い込んだ先が本当の練習だと言われています。    日本中、東日本大震災以降、ぎりぎりに追い込まれることが多いようです。さらに円高により、中小企業の存続が厳しいとか、時短で労働時間が短縮されたとか、本当に何年かに一度の大ピンチなのかもしれません。  ついついネガティブな発想になり、何も考えられないという心理状況なのかもしれません。そんな時でも勇気を持って立ち向かう仁は、相当の精神力が必要です。それは、生半可な力ではありません。  一人で立ち向かうには限界があります。と言っても、「傷のなめあい」では何も生まれません。  行き詰ったらとにかく動く。なんでもいいからとにかく動くことです。何をしていいのかわからないときにはとにかく動く。動くっていったい何をすればいいのかわからなくても、なんでもいいから動くことです。仕事に関係のないことでもいいですから体を動かすことです。  私の知り合いで、毎日トイレ掃除をした人もいます。家の近くの神社の階段を掃除した人もいます。何でもいいです。それで何が変わるか、何が生まれるのかも分かりませんが、とにかく動きましょう。  周りの空気が変わるのです。

2011年11月7日月曜日

落ち込んだら

 落ち込んだり、気弱になったりしていると、せっかくの運気も近づいてきてはくれなくなります。落ち込まないように、弱気にならないようにするにはどうすればよいのでしょうか。自信を持つには、ゆるぎない信念を持つには、修行あるのみでしょうか。  マイナスの心はせっかくのチャンスを逃します。まずは自分自身のオーラを鍛えること。これいな心、清い心に、光は集まってきます。落ち込んだ時は、まずは自分のオーラ、チャクラをきれいにすることを考えましょう。気が滞っているチャクラをきれいにすることで、いい運気は必ず寄ってきます。  落ち込んだり、気弱になったら、自分をきれいにすることを考えましょう。何かが変わりますよ。  

2011年11月6日日曜日

泣きたいときは泣いた方がいい

 時々、無性に泣ける映画を見たくなります。泣けるドラマを見たくなります。泣ける歌を聴きたくなります。心が疲れているのでしょうね。泣くということは心の内なるものの発散です。とってもいいことで、心の浄化にもなります。  この歳で、最近アニメにはまっていて、「ワンピース」は見るたびになぜか涙が出てきます。大の大人が漫画の話をたとえに出すのもどうかとは思いますが、ワンピースの一場面で、この泣くことに関するセリフがあります。それは、シャンクスが、目の前で兄エースを殺されたルフィーに対して、「ルフィー、泣いてもいいんだぜ。男は泣いて強くなる」と言うセリフでした。格好い~。  本当に泣くことは心の浄化になります。すっきりとします。やせ我慢は禁物です。泣きたいときは泣いた方がいい。思いっきり泣いた後はすっきりしますよ。

2011年11月5日土曜日

欲との戦い、それは人間の性ですね

 欲との戦い、これは永遠のテーマです。人間にしかないもの、それが欲です。動物は、必要以上は欲しがりません。お腹いっぱいになったら、それ以上は求めません。にんげんは、お腹がいっぱいになっても、まだ、それ以上を求めます。  欲とは自我、自己中心の考えなのでしょう。欲は、決して人を助けません。自分の欲求を満たすこと以外は何も生みません。また、自我が強い分、そのものが持つエネルギーも強く、えてして、そのパワーは、邪悪な場合が多いです。邪悪であるなら、それはマイナスのエネルギーを引き寄せます。エネルギーが強い分、マイナスのエネルギーを引き寄せる力もつよくなります。  欲は、生きる力を生み出すという人もいます。欲が向上心の源と断言する人もいます。ネットワークビジネスのセミナーなどで垣間見ることがあります。欲から生まれるものは、必ず欲により滅ぼされます。欲が自我の塊であるなら、最後は自我に押しつぶされるでしょう。  人に騙され、その人を恨む。賭けに負け悔む。すべて欲がなせるもので、欲があって行ったことゆえ誰も責めることはできません。欲により人に騙されるのは自分が悪いとなります。  欲は無制限です。欲をコントロールすることが修行なのでしょう。人間は常に欲とは戦っている生き物なのですね。

2011年11月2日水曜日

欠点は魅力

 ケーブルテレビでかつての大河ドラマ「毛利元就がまた放映していました。少し前に放送していたかと思ったのですがね。  今日の話の中で、毛利元就があたらしいかしんをめんせつするという場面でした。そこでの話で、すべての面で秀でているものはとかく人望がない。多少欠点があっても、一つのことに優れている人には人が集まるという台詞がりました。  無難というのは一見いいように見えて、そつがない分、抜け目がないという感じで、自分が部下に持つときは、一つのことに秀でている人を集めるだろうなと思います。違う分野のスペシャリストを集めるのが集団としては面白い。それを統合する人、すべてに秀でている人は一人で十分ですね。  ドラマでは赤川元保という家臣がすべてに秀でている人で、のちに、毛利元就の知略に勝てぬと知った元保は、息子の隆元に取り入るという行動に出ます。器用な人は時には過信による行動に出ます。  欠点を失望することはありません。欠点は魅力ととらえましょう。  

2011年11月1日火曜日

貴船神社の御神水について

 先月上旬に鞍馬へ行ってきました。それはもうすごい山道で、汗だくになり、鞍馬寺から奥宮を抜けて、最後は貴船神社にたどり着くコースでした。  貴船神社には御神水があって、そこには「水五訓」が書いてありました。その内容は 水五訓 1、自ら活動して他を働かしむるは水なり 2、常に自ら進路を求めて止まざるは水なり 3、自ら清くして他の汚水を洗い清濁併せ容るるの量あるは水なり 4、障害に逢い激しくその勢力を百倍するは水なり 5、洋々として大洋を充たし、発して蒸気となり雲となり雪と変し霰と化し凝っては玲ろうたる鏡となる、而   もその性を失わざるは水なり  そこで竜神さんの水晶玉を買いました。水は清くもあり、濁ることもあり、水を見る人の心を映し出しているのでしょうか。水は気持ちによっては、暴れ水にもなったり、せせらぎのごとく静かなものなったりするのでしょうか。水の心は奥深いです。