ものを片付けるという行為は非常に需要です。病気の中には、ものが片付けられないという症状があるとは聞いています。ものを片付けることで、全体を見渡すことができ、また、整理することで、段取りがうまくなります。段取りベタは何をやってもダメです。
物事を整理して考えることは非常に重要です。感情だけで走るのは、時としてはいいこともありますが、概ね良い結果は生み出しません。
整理整頓の癖は、考えをまとめる時にも役に立ちます。物事考えるときも、整理して、いろいろな側面を組み立てて考えることができるようになります。
机の上がきたない営業担当者は成績が上がらないと聞いたことがあります。整理整頓はすべての基礎となることです。片付けを馬鹿にしてはいけません。
散らかっている方が仕事をした気分いなるという言い訳をすることがありますが、あくまでも自己満足でしょうからね。綺麗な方が運気も上がります。観音様はきたない場所にはお立ち寄りなさらないというそうですよ...
日頃の仕事の中からのこぼれ話あれこれ。お金に関することから、はたまた、お金とは全く関係ないことまで話題を広げています。「へぇ~」と思うことも時には掲載します。お気軽にお付き合い下さい。
2013年4月10日水曜日
2013年4月3日水曜日
競争社会を生き抜くには...
アベノミクス、ようは、円安にして株価を上げ、物価を上げて法人税収を改善し、公共事業を拡大し、規制緩和で企業の競争力を促進することが目的のようです。競争社会を作ることです。
競争社会は、今の日本人には不慣れな世界で、多くは振り落とされると思われます。自分というものをしっかりと持つことが重要です。
人と同じでは、誰も選んではくれません。人と違う事が望まれます。自分にしかできないことは何か、何が秀でているかを自己アピールする必要があります。本当に日本人には苦手な分野です。
TPP参加に伴い、労働力が流動化します。海外から賃金の安い労働力が入ってきます。つまり、単純労働は、取って代わられます。また、コンピューターのほうが効率的ですから、作業の速さや正確さだけでは、差別化は厳しいです。
いかに自分に付加価値がつけられるかです。コンピューターにもできない、人にとって代われないものが必要です。それは何か、それを模索することができた人だけが生き残れる世界になってきます。
自分との対話が必要です。自分はなにものなのか、必死で探ることです。
いやはや生きづらい世の中になりそうですね...
競争社会は、今の日本人には不慣れな世界で、多くは振り落とされると思われます。自分というものをしっかりと持つことが重要です。
人と同じでは、誰も選んではくれません。人と違う事が望まれます。自分にしかできないことは何か、何が秀でているかを自己アピールする必要があります。本当に日本人には苦手な分野です。
TPP参加に伴い、労働力が流動化します。海外から賃金の安い労働力が入ってきます。つまり、単純労働は、取って代わられます。また、コンピューターのほうが効率的ですから、作業の速さや正確さだけでは、差別化は厳しいです。
いかに自分に付加価値がつけられるかです。コンピューターにもできない、人にとって代われないものが必要です。それは何か、それを模索することができた人だけが生き残れる世界になってきます。
自分との対話が必要です。自分はなにものなのか、必死で探ることです。
いやはや生きづらい世の中になりそうですね...
2013年4月2日火曜日
ケ・セラ・セラ
ケ・セラ・セラ、なるようになるさと、ある意味開き直りの心境って、ふっと肩の力が抜けて、良い結果を生むことがあります。火事場のくそ力と言うのがありますが、これも開き直りの心理から、力が抜けた時に沸いて出てくるモノなのでしょう。
どうしようもなく切羽詰った時、もう開き直るしかないと思う時、ケ・セラ・セラとなれればいいですよね。余裕があるわけではないですが、いい意味での開き直りは、気を楽にしてくれます。でも所詮開き直りは開き直りですけどね。
つらい時はつらいと言おう。泣きたい時は、我慢しなくて泣いた方が楽になります。我慢は一番いけません。
いざと言う時、ここぞという時、力を抜く意味で、ケ・セラ・セラと歌ってみるのもいいのかもしれません。無駄な力は抜きましょう...
どうしようもなく切羽詰った時、もう開き直るしかないと思う時、ケ・セラ・セラとなれればいいですよね。余裕があるわけではないですが、いい意味での開き直りは、気を楽にしてくれます。でも所詮開き直りは開き直りですけどね。
つらい時はつらいと言おう。泣きたい時は、我慢しなくて泣いた方が楽になります。我慢は一番いけません。
いざと言う時、ここぞという時、力を抜く意味で、ケ・セラ・セラと歌ってみるのもいいのかもしれません。無駄な力は抜きましょう...
2012年11月5日月曜日
わからないことが不安の正体です...
不安は、未来がわからないということから生まれます。一方で、未来は不透明なものです。未来が不透明である以上、不安は取り除くことはできません。これ
から何が起きるか、確定していれば、今からその準備を行えばよいのですから、不安は生まれません。今何をしなければならないかも、具体的に理解できます。
人生一寸先は闇なんて言葉があるくらい、将来のことはわからないもので、何一つ確定されているものはありません。でも、だからこそ人生は楽しいなんてセリフもあります。なるようになれに境地に至れば、先行き不透明も楽しめるのでしょう。まさにケセラセラですね。
でも、なかなか、このケセラセラの境地には至れないのも人間です。人は、常に不安と向き合って生きていくものなのなのもしれませんね。
ライフプランなんて言葉がありますが、結局は、何もできないものなのでしょう。
でも、人間に与えられたものに知恵があります。また、想像力と言うものも人間の特権です。動物には本能と言うのもがあり、それで危険を察知して回避行動を とります。しかし、この本能による行動は、直近の出来事に対するもので、遠い未来に対してのものではありません。時間軸を長くのばしてたいおうする、想像 力による行動は、人間にしかできません。
これから起こりうることに対して、長期ビジョンで対処することが、「準備」なのでしょう。今できることを精いっぱいしておくことで、不安は解消されなくても和らげることはできます。
サッカー日本代表の本田圭佑は、常に「準備」と言う言葉を使います。勝負の勝ち負けは時の運かもしれませんが、準備をした者が勝つ確率は断然に高まります。ライフプランとは、結局はそういうものなのでしょうね。
不安を取り除くには、今やれることをどれだけやっているかです。どれだけ未来に備えているのかが、不透明である未来を恐れないようになることになります。準備ですね。
人生一寸先は闇なんて言葉があるくらい、将来のことはわからないもので、何一つ確定されているものはありません。でも、だからこそ人生は楽しいなんてセリフもあります。なるようになれに境地に至れば、先行き不透明も楽しめるのでしょう。まさにケセラセラですね。
でも、なかなか、このケセラセラの境地には至れないのも人間です。人は、常に不安と向き合って生きていくものなのなのもしれませんね。
ライフプランなんて言葉がありますが、結局は、何もできないものなのでしょう。
でも、人間に与えられたものに知恵があります。また、想像力と言うものも人間の特権です。動物には本能と言うのもがあり、それで危険を察知して回避行動を とります。しかし、この本能による行動は、直近の出来事に対するもので、遠い未来に対してのものではありません。時間軸を長くのばしてたいおうする、想像 力による行動は、人間にしかできません。
これから起こりうることに対して、長期ビジョンで対処することが、「準備」なのでしょう。今できることを精いっぱいしておくことで、不安は解消されなくても和らげることはできます。
サッカー日本代表の本田圭佑は、常に「準備」と言う言葉を使います。勝負の勝ち負けは時の運かもしれませんが、準備をした者が勝つ確率は断然に高まります。ライフプランとは、結局はそういうものなのでしょうね。
不安を取り除くには、今やれることをどれだけやっているかです。どれだけ未来に備えているのかが、不透明である未来を恐れないようになることになります。準備ですね。
2012年10月22日月曜日
夢をあきらめたら負け
家計における収支は、支出が減らない状況下で、収入が増えないというジレンマが、大きなフラストレーションとなっているのでしょう。
バブルという、ある意味、贅沢を覚えた環境で、なかなか支出は減らない感じです。100円ショップ、ネットオークション、コストコ、フリーマーケットと、確かに、物欲を満たすのに大きな費用は掛からない選択肢は増えました。
それでも、満足感と言う、心の欲求は、どこかで浪費が伴うことがあります。ぜいたく品を買うという衝動は、どこかににあるのでしょう。いまや日本全体が、フラストレーションに凝り固まっているのかもしれませんね。
生活のサイズが小さくなると、当然経済も縮小します。政府や中央銀行による株価対策を行っても、消費者マインドが冷えていれば、景気は良くなりません。 もっとも、消費マインドが冷えているというよりも、縮小しているというのが正しいのかもしれません。デフレの恐ろしさは、モノの値段の下落にありますか ら、それに満足しなくても、そのサイズに生活や収入が合わそうとする動きは、なかなか止められないのでしょう。
収入に対するどん欲さ は、「欲」ではないにせよ、「夢」のダウンサイジングを生みます。あきらめではなく、手に届く大きさを求めるようになってしまうのでしょう。そもそも、実 力以上のものを夢見ることがわからないというのは恐ろしいことです。それは発展や成長がないということになってしまいます。
こんな世の中に誰がしたという感じです。これが格差なのでしょう。格差の始まりは、夢をあきらめるのかどうかにかかっているのでしょう。
ソフトバンクの孫正義氏も、決して財閥ではなく、自ら成功を切り開いたのだと思われますが(実際はいろいろあるのでしょうが一応、表面的では)、海外へのM&Aを仕掛けるスケールの大きさとは対照的な世界も、これもまた現実なのでしょう。
着実に、格差は広がっています。
そんな中での、花巻東高校160キロ右腕の大谷翔平投手のメジャー挑戦は、拍手を送りたいです。
私たちが夢を持つためにはどうしたらよいのでしょうか。日本人が自信をなくしているのでしょうかね。今必要なのは自信を取り戻すことなのかもしれませんね。
バブルという、ある意味、贅沢を覚えた環境で、なかなか支出は減らない感じです。100円ショップ、ネットオークション、コストコ、フリーマーケットと、確かに、物欲を満たすのに大きな費用は掛からない選択肢は増えました。
それでも、満足感と言う、心の欲求は、どこかで浪費が伴うことがあります。ぜいたく品を買うという衝動は、どこかににあるのでしょう。いまや日本全体が、フラストレーションに凝り固まっているのかもしれませんね。
生活のサイズが小さくなると、当然経済も縮小します。政府や中央銀行による株価対策を行っても、消費者マインドが冷えていれば、景気は良くなりません。 もっとも、消費マインドが冷えているというよりも、縮小しているというのが正しいのかもしれません。デフレの恐ろしさは、モノの値段の下落にありますか ら、それに満足しなくても、そのサイズに生活や収入が合わそうとする動きは、なかなか止められないのでしょう。
収入に対するどん欲さ は、「欲」ではないにせよ、「夢」のダウンサイジングを生みます。あきらめではなく、手に届く大きさを求めるようになってしまうのでしょう。そもそも、実 力以上のものを夢見ることがわからないというのは恐ろしいことです。それは発展や成長がないということになってしまいます。
こんな世の中に誰がしたという感じです。これが格差なのでしょう。格差の始まりは、夢をあきらめるのかどうかにかかっているのでしょう。
ソフトバンクの孫正義氏も、決して財閥ではなく、自ら成功を切り開いたのだと思われますが(実際はいろいろあるのでしょうが一応、表面的では)、海外へのM&Aを仕掛けるスケールの大きさとは対照的な世界も、これもまた現実なのでしょう。
着実に、格差は広がっています。
そんな中での、花巻東高校160キロ右腕の大谷翔平投手のメジャー挑戦は、拍手を送りたいです。
私たちが夢を持つためにはどうしたらよいのでしょうか。日本人が自信をなくしているのでしょうかね。今必要なのは自信を取り戻すことなのかもしれませんね。
2012年10月21日日曜日
行動の動機づけ
夢は叶う、よく聞く言葉です。それは強く願いを心に刻む、その実現を心から願うことです。そこから行動が生まれるということなのでしょう。つまり、行動の動機づけが必要で、その動機付けが強ければ強いほど、実現の可能性が高いということなのでしょう。
願いはかなうは、スピリチュアルな話ではなく、たとえば、願えば天から何かが降ってくるというたぐいの話ではありません。願いは、あくまでも、行動することから実現するのですね。やはり、願いをかなえるのには、自分自身の行動が重要なのです。
思いが強ければ、きっと情報を集める能力も高まります。興味を持てば自然と仲間が集まる感じです。強く願うことで、今まで見落としていたことが、ヒントに 思えてくるときがあるのでしょう。思い一つで、行動は違ってきて、行動が違えば、集まる情報も仲間も違ってくるのです。
ではファイナン スはどうでしょう。お金がなくては何もできないですが、今お金がないからとあきらめる夢は、所詮それだけのもので、そんな夢は、資金があっても実現しない でしょうし、実現しても心は満足しないのかもしれません。今のサイズに合ったものを願うのは夢ではありません。今のサイズのさらに先を追いかける。自分よ りも高みにあるものを望む、それが夢なのでしょう。
それがあまりにもかけ離れていると、それは空想になるのでしょうが、その空想と現実 をいかに埋めるかが努力であり、それが人生設計であり、そのギャップを埋めるタイムスケジュールがライフプランなのでしょう。ライフプランは、夢実現のた めにスケジュールなのかもしれませんね。
強く願うことが、本当に実現したいという思いが行動を変える。そういう意味では、願いはかなうという言葉に、スピリチュアル的な要素があるのかもしれません。
スピリチュアルで言うなら、その願いが世の中に役に立つことであれば、神様が後押しして下さるのでしょう。個人的欲望だけでは、手助けはしてくれないということですかね。
社会に貢献した結果、その大法は払われる、つまり、巡り巡って自分に帰ってくるというものでしょう。話が、かなり哲学や宗教にかかってきましたが、行動の動機づけは重要です。深い話ですね...
願いはかなうは、スピリチュアルな話ではなく、たとえば、願えば天から何かが降ってくるというたぐいの話ではありません。願いは、あくまでも、行動することから実現するのですね。やはり、願いをかなえるのには、自分自身の行動が重要なのです。
思いが強ければ、きっと情報を集める能力も高まります。興味を持てば自然と仲間が集まる感じです。強く願うことで、今まで見落としていたことが、ヒントに 思えてくるときがあるのでしょう。思い一つで、行動は違ってきて、行動が違えば、集まる情報も仲間も違ってくるのです。
ではファイナン スはどうでしょう。お金がなくては何もできないですが、今お金がないからとあきらめる夢は、所詮それだけのもので、そんな夢は、資金があっても実現しない でしょうし、実現しても心は満足しないのかもしれません。今のサイズに合ったものを願うのは夢ではありません。今のサイズのさらに先を追いかける。自分よ りも高みにあるものを望む、それが夢なのでしょう。
それがあまりにもかけ離れていると、それは空想になるのでしょうが、その空想と現実 をいかに埋めるかが努力であり、それが人生設計であり、そのギャップを埋めるタイムスケジュールがライフプランなのでしょう。ライフプランは、夢実現のた めにスケジュールなのかもしれませんね。
強く願うことが、本当に実現したいという思いが行動を変える。そういう意味では、願いはかなうという言葉に、スピリチュアル的な要素があるのかもしれません。
スピリチュアルで言うなら、その願いが世の中に役に立つことであれば、神様が後押しして下さるのでしょう。個人的欲望だけでは、手助けはしてくれないということですかね。
社会に貢献した結果、その大法は払われる、つまり、巡り巡って自分に帰ってくるというものでしょう。話が、かなり哲学や宗教にかかってきましたが、行動の動機づけは重要です。深い話ですね...
2012年9月11日火曜日
「無」について
「無心」「無我夢中」、つまり「ゼロ」ということが「無」ということですね。
しかし、単なる「ゼロ」ではなく、まったく空っぽの状態が、本当の「無」なのでしょう。「無欲」は、少しでも欲があってはいけません。まさに欲という概念が空っぽでなければなりません。
まったくの「ゼロ」の状態にするなら、少しでも残っているものを吐き出す必要があります。お腹の中から、体の中からすべてを吐き出すことで、空っぽの状態が作れます。体内のものをすべて出すことで、浄化が起こります。「無」となることは、すべてを吐き出す「浄化」をともなって、はじめて空っぽの「無」となります。
なんか哲学的な話ですが、「無」からすべてが生まれるので、先ずは「無」になることが重要です。
浄化を伴う「無」であれば、良質のものが入ってきます。
「無」を扱う言葉なり表現は、たくさんあります。「ゼロからの出発」もそうですね。「大きくジャンプするには深くしゃがむこと」も、一旦は「無」になることの重要性をうったえていますね。
意識して「無」となること、そのためにはすべてを吐き出すことです、まさに「無防備」となるので、安心、安全なところでないとできないですね。
環境を整える、安心な心休まる状況を作る、これも、「無」から生まれる良産物ですね。
「無」は、心穏やかに、リラックスした環境を整え、すべての邪念を吐き出し、完全に空っぽにして、初めて生まれるもので、そこから先は、より良質なものが流れてきて、より高く飛躍できるということなのでしょう。
つまり、「無」はすべての始まりなのですね。
しかし、単なる「ゼロ」ではなく、まったく空っぽの状態が、本当の「無」なのでしょう。「無欲」は、少しでも欲があってはいけません。まさに欲という概念が空っぽでなければなりません。
まったくの「ゼロ」の状態にするなら、少しでも残っているものを吐き出す必要があります。お腹の中から、体の中からすべてを吐き出すことで、空っぽの状態が作れます。体内のものをすべて出すことで、浄化が起こります。「無」となることは、すべてを吐き出す「浄化」をともなって、はじめて空っぽの「無」となります。
なんか哲学的な話ですが、「無」からすべてが生まれるので、先ずは「無」になることが重要です。
浄化を伴う「無」であれば、良質のものが入ってきます。
「無」を扱う言葉なり表現は、たくさんあります。「ゼロからの出発」もそうですね。「大きくジャンプするには深くしゃがむこと」も、一旦は「無」になることの重要性をうったえていますね。
意識して「無」となること、そのためにはすべてを吐き出すことです、まさに「無防備」となるので、安心、安全なところでないとできないですね。
環境を整える、安心な心休まる状況を作る、これも、「無」から生まれる良産物ですね。
「無」は、心穏やかに、リラックスした環境を整え、すべての邪念を吐き出し、完全に空っぽにして、初めて生まれるもので、そこから先は、より良質なものが流れてきて、より高く飛躍できるということなのでしょう。
つまり、「無」はすべての始まりなのですね。
2012年8月15日水曜日
努力は大事ですが…
プロセスが大事
確かにそうですが、結果が伴なわない経過は、何の意味をも生み出せません。努力は無駄にはなりません。ただし、今までの努力したことが、具体的に次の成功に導かない限り、やはり、自己満足です。
努力は報われることはありません。努力は、自分の力で報わせるものです。そうでないと、努力が時間の無駄になってしまいます。
努力の姿勢を、まわりが認めてくれて、贔屓にしてもらうことはあるでしょう。
結果が出ない努力は、努力の仕方が間違っているのです。
努力は大事です。努力なくして成功はありません。でも、努力は必ずしの報われるものではありません。靴のかかとを減らした分だけ報われるわけではありません。
確かにそうですが、結果が伴なわない経過は、何の意味をも生み出せません。努力は無駄にはなりません。ただし、今までの努力したことが、具体的に次の成功に導かない限り、やはり、自己満足です。
努力は報われることはありません。努力は、自分の力で報わせるものです。そうでないと、努力が時間の無駄になってしまいます。
努力の姿勢を、まわりが認めてくれて、贔屓にしてもらうことはあるでしょう。
結果が出ない努力は、努力の仕方が間違っているのです。
努力は大事です。努力なくして成功はありません。でも、努力は必ずしの報われるものではありません。靴のかかとを減らした分だけ報われるわけではありません。
2012年8月2日木曜日
練習は大事
内村航平選手が、団体での雪辱を晴らすかのように、個人総合で「金」をとりました。これでもかと、審査員の採点をももろともない、圧倒的な勝ち方でした。自分自身への、審判団への怒りの「金」ですね。
プレッシャーを感じないと言っていましたが、団体戦では、他の選手のミスをカバーしようと、やはり自分に課すものが大きかったのかもしれません。個人戦ではのびのびと戦えたのでしょうか。
練習がすべて、アスリートのみなさんの共通の言葉です。どれだけ練習するかが重要のようです。
あるプロゴルファーは、木の中から打つ練習ばかり行うそうです。内村選手は、練習では、あえて落下し、失敗を繰り返すそうです。メジャーリーガーのイチロー選手は、外野フライを、わざと目をそらして補給する練習をするそうです。
「練習は嘘をつかない」落合中日前監督の言葉です。弱いチームに関しての評価はいつも同じで、「立って練習していないから弱いに決まっている」です。
練習は大事です。どれだけ練習をしているかが、本番の自身につながります。
背泳の寺川選手のメダルは感動しましたね。どれだけ練習したのでしょうかね・・・
プレッシャーを感じないと言っていましたが、団体戦では、他の選手のミスをカバーしようと、やはり自分に課すものが大きかったのかもしれません。個人戦ではのびのびと戦えたのでしょうか。
練習がすべて、アスリートのみなさんの共通の言葉です。どれだけ練習するかが重要のようです。
あるプロゴルファーは、木の中から打つ練習ばかり行うそうです。内村選手は、練習では、あえて落下し、失敗を繰り返すそうです。メジャーリーガーのイチロー選手は、外野フライを、わざと目をそらして補給する練習をするそうです。
「練習は嘘をつかない」落合中日前監督の言葉です。弱いチームに関しての評価はいつも同じで、「立って練習していないから弱いに決まっている」です。
練習は大事です。どれだけ練習をしているかが、本番の自身につながります。
背泳の寺川選手のメダルは感動しましたね。どれだけ練習したのでしょうかね・・・
2012年7月28日土曜日
幸せはお天道様の下を堂々と歩くこと
「ごくせん」、日本テレビで放映していて、映画にもなった、仲間由紀恵主演のドラマです。その中のセリフで、幸せは、お天道様の下で、後ろめたいない気持ちで暮らせることだと言っていました。それだけで幸せなんだとのことです。
なんか、人は後ろめたいことをいっぱいぶら下げているような気がします。何にしても一生懸命、 精一杯である時が、結果はどうであれ幸せなのでしょう。
お天道様の下で恥ずかしくない生き方、昔気質のセリフですが、ちょっと心にグッときました。
手を抜くことは、周りには見えなくても自分自身が良くわかっていることです。自分にだけは嘘はつけないですからね。
がんばってみようかね~
なんか、人は後ろめたいことをいっぱいぶら下げているような気がします。何にしても一生懸命、 精一杯である時が、結果はどうであれ幸せなのでしょう。
お天道様の下で恥ずかしくない生き方、昔気質のセリフですが、ちょっと心にグッときました。
手を抜くことは、周りには見えなくても自分自身が良くわかっていることです。自分にだけは嘘はつけないですからね。
がんばってみようかね~
2012年7月27日金曜日
日本がスペインに勝った!! 一生懸命を応援します!!
すべての紙面のトップが、ロンドンオリンピック男子サッカー予選で、日本が優勝候補スペインに「1-0」で勝ったことが報じられています。ロンドンオリンピック最初の競技となる女子サッカーでは、なでしこジャパンがカナダに「2-1」で快勝。日本には幸先の良いスタートを切りました。
それにしても、スペインに勝つとは、日本の実力もすごいものがありますね。中田英寿がオリンピック代表時のチームは、世界の強豪ブラジルを破っています。
吉田兼好の「徒然草」に、木登りの名人が、弟子に高い木の枝を切らせていた時に、何の声掛けもしていなかった名人が、弟子が軒下の高さまで降りてきたときに、はじめて「気をつけろ」と声をかけたことに対し、危険なところでは、精神を集中し、自分でも気を付けるが、もう大丈夫と安心した時に気を抜いて事故につながることが多いから注意を促したという話があります。
強豪相手の試合の後の、格下チームとの対戦の取りこぼしがあるのは、気を抜いているわけではないでしょうが、相手チームは必死ですから、ただ立場が入れ替わったということになるのでしょう。日本がスペインに勝ったあとの、格下チームとの戦いが重要ですね。
どんな相手にも全力で戦う、野生の世界は厳しく、トラも小物を仕留めるときも全力投球、息の根を止めるまでは気を抜かないと言います。
たとえがちょっと恐ろしいですが、日本チームも、どんな相手に対しても、気を抜かないで、全力で戦ってほしいです。
ここで、考え方を変えると気を抜かなくなると思います。それは、勝つために戦うのではなく、見ているお客様に感動を与えるために戦うとなると、どんな場面でも気を抜けなくなります。一生懸命のプレーを見てもらうことで、結果、勝ちがついてくるというものです。
小さな力士が大きな力士を倒す、柔よく剛を制す、まさに美学ですね。
とにかく、アスリートたちには、余計なプレッシャー、日本のマスコミの金メダル一辺倒の期待は無視して、自分たちが頑張ってきた努力の成果を、悔いのないように思いっきりぶつけてきてください。金メダルへの思いは、だれよりも、アスリート自信が、強く持っているはずです。思いはかないます。
私たちは、アスリートの見えない努力の成果を見せてもらい、ぎりぎりの極限のアスリートの力に感動させてもらい、彼らのご褒美を得る時間を共有させてもらえれば十分です。
自分たちのために、頑張ってください。私たちは、一生懸命応援します!!
それにしても、スペインに勝つとは、日本の実力もすごいものがありますね。中田英寿がオリンピック代表時のチームは、世界の強豪ブラジルを破っています。
吉田兼好の「徒然草」に、木登りの名人が、弟子に高い木の枝を切らせていた時に、何の声掛けもしていなかった名人が、弟子が軒下の高さまで降りてきたときに、はじめて「気をつけろ」と声をかけたことに対し、危険なところでは、精神を集中し、自分でも気を付けるが、もう大丈夫と安心した時に気を抜いて事故につながることが多いから注意を促したという話があります。
強豪相手の試合の後の、格下チームとの対戦の取りこぼしがあるのは、気を抜いているわけではないでしょうが、相手チームは必死ですから、ただ立場が入れ替わったということになるのでしょう。日本がスペインに勝ったあとの、格下チームとの戦いが重要ですね。
どんな相手にも全力で戦う、野生の世界は厳しく、トラも小物を仕留めるときも全力投球、息の根を止めるまでは気を抜かないと言います。
たとえがちょっと恐ろしいですが、日本チームも、どんな相手に対しても、気を抜かないで、全力で戦ってほしいです。
ここで、考え方を変えると気を抜かなくなると思います。それは、勝つために戦うのではなく、見ているお客様に感動を与えるために戦うとなると、どんな場面でも気を抜けなくなります。一生懸命のプレーを見てもらうことで、結果、勝ちがついてくるというものです。
小さな力士が大きな力士を倒す、柔よく剛を制す、まさに美学ですね。
とにかく、アスリートたちには、余計なプレッシャー、日本のマスコミの金メダル一辺倒の期待は無視して、自分たちが頑張ってきた努力の成果を、悔いのないように思いっきりぶつけてきてください。金メダルへの思いは、だれよりも、アスリート自信が、強く持っているはずです。思いはかないます。
私たちは、アスリートの見えない努力の成果を見せてもらい、ぎりぎりの極限のアスリートの力に感動させてもらい、彼らのご褒美を得る時間を共有させてもらえれば十分です。
自分たちのために、頑張ってください。私たちは、一生懸命応援します!!
2012年7月26日木曜日
受け入れる強さを持とう
拒否からは何も生まれません。拒否は相手にも伝わります。拒否した段階で、もう何も入って来ません。
受け入れることには、大なり小なり、リスクは伴います。受け入れられないということは、変化を恐れていることです。そのことで、自分が変わることを嫌うことが拒否につながります。
まず受け入れて、ダメだったら吐き出せばいいのです。吐き出すにもそれなりの力が必要です。受け入れた瞬間に染まらない強さも必要です。
受け入れてから、自分になんの影響もなく吟味できる余裕が必要ですね。
でも、なんでもかんでも拒否は困ります。成長しません。変化を受け入れる勇気は持ちましょう。
受け入れることには、大なり小なり、リスクは伴います。受け入れられないということは、変化を恐れていることです。そのことで、自分が変わることを嫌うことが拒否につながります。
まず受け入れて、ダメだったら吐き出せばいいのです。吐き出すにもそれなりの力が必要です。受け入れた瞬間に染まらない強さも必要です。
受け入れてから、自分になんの影響もなく吟味できる余裕が必要ですね。
でも、なんでもかんでも拒否は困ります。成長しません。変化を受け入れる勇気は持ちましょう。
2012年7月25日水曜日
内村航平選手はすごい
いよいよロンドンオリンピック開幕です。筋書きのないドラマと言われますが、アスリートのひたむきな姿勢は、本当に心打たれます。マスコミは、やたら金メダルと騒ぎますが、アスリートたちの努力の結果のご褒美がオリンピックですから、メダルのことは気にせずに、めいいっぱい楽しんで欲しいと思います。
それにしても、体操の内村航平選手はすごいですね。生まれてこの方、プレッシャーなんて感じたことがないと言うのです。プレッシャーってなんですかときたもんだ。
プレッシャーを楽しめる選手になりたいと多くのアスリートのは願うそうですが、それが全くないというのですから恐ろしいですね。宇宙人か、はたまた、すでに精神が飛んでいるのか...
でも、すごく練習しているようで、とにかく練習しているようです。天才は一日にしてならずですよね。その裏付けが、プレッシャーをなくしているのでしょう。やれて当然というレベルまでイメージして、練習しているのでしょうね。
頑張れ!!自分のために頑張ってください。
それにしても、体操の内村航平選手はすごいですね。生まれてこの方、プレッシャーなんて感じたことがないと言うのです。プレッシャーってなんですかときたもんだ。
プレッシャーを楽しめる選手になりたいと多くのアスリートのは願うそうですが、それが全くないというのですから恐ろしいですね。宇宙人か、はたまた、すでに精神が飛んでいるのか...
でも、すごく練習しているようで、とにかく練習しているようです。天才は一日にしてならずですよね。その裏付けが、プレッシャーをなくしているのでしょう。やれて当然というレベルまでイメージして、練習しているのでしょうね。
頑張れ!!自分のために頑張ってください。
2012年7月23日月曜日
勝者は、必ず称賛に値するのか・・・
成功者は全員、称賛に値するのか。成功の仕方によってそれは異なるのかもしれません。でも、場合によっては、成功の陰には、誰かが悲しんでいる場面はあるかもしれません。
人の不幸の上に、成功があるわけではありませんが、競争において、勝ち負けは必ず存在します。負けた人を乗り越えて、成功者は存在するのでしょう。
その競争は、正当であるものであればいいのですが、蹴落とす、押しのける、だますなどであれば、どうでしょうか。でも、それも競争での勝ち抜く手段と言えるのかもしれません。
成功しているから称賛されるというのはおかしいですが、成功しているという事実は、認めざるを得ないでしょう。
勝者がすべて正しいわけではないということは、このブログにも書きましたが、 やはり、いわゆる「いい人」は、勝ち続けてほしいですね。
勝ってこそです。「いい人」は勝ち続けてほしいです。
人の不幸の上に、成功があるわけではありませんが、競争において、勝ち負けは必ず存在します。負けた人を乗り越えて、成功者は存在するのでしょう。
その競争は、正当であるものであればいいのですが、蹴落とす、押しのける、だますなどであれば、どうでしょうか。でも、それも競争での勝ち抜く手段と言えるのかもしれません。
成功しているから称賛されるというのはおかしいですが、成功しているという事実は、認めざるを得ないでしょう。
勝者がすべて正しいわけではないということは、このブログにも書きましたが、 やはり、いわゆる「いい人」は、勝ち続けてほしいですね。
勝ってこそです。「いい人」は勝ち続けてほしいです。
2012年7月22日日曜日
いいところみっけ
写真のプロの方は、被写体に惚れるといいます。
人物を撮る時は、その人物に恋することが重要だそうです。恋するということは、被写体となる人の、素敵な部分を引き出そうとすることですね。
つまり、いいところを見つける作業をすることです。
人の評価には、加点方式と減点方式がありますが、モチベーションを上げるには、やはり、加点方式が望ましいのかもしれません。
「いいところみっけ」の繰り返しは楽しいものです。人のいいところを見つける作業は、人との付き合いにおいても、好循環を生みますよね。
嫌なところにばかり目が行きがちですが、あえて、意識して、いいところを見つけて行きましょう。
また一つ、いいところを見つけましたよ…
人物を撮る時は、その人物に恋することが重要だそうです。恋するということは、被写体となる人の、素敵な部分を引き出そうとすることですね。
つまり、いいところを見つける作業をすることです。
人の評価には、加点方式と減点方式がありますが、モチベーションを上げるには、やはり、加点方式が望ましいのかもしれません。
「いいところみっけ」の繰り返しは楽しいものです。人のいいところを見つける作業は、人との付き合いにおいても、好循環を生みますよね。
嫌なところにばかり目が行きがちですが、あえて、意識して、いいところを見つけて行きましょう。
また一つ、いいところを見つけましたよ…
2012年7月21日土曜日
接客と接遇
昨日、あるイベントで、ANA(全日空)が、接遇セミナーを行っていました。CA(キャビンアテンダント)として訓練してきた接遇訓練を、いろんな企業やいろんな場面で、提供する事業を展開しています。とくに、医療機関にこそ、接遇が必要と、営業しているようです。
接客と接遇、どう違うのか。
全日空講師によれば、接客は一方通行で、主に商品販売が主目的の行為と定義しています。一方、接遇は、双方向のコミュニケーションで、こちらが相手が望んでいることを理解して、積極的に行うことで、相手の満足度を上げることだそうです。
スマイルとアイコンタクト
笑顔が大事、つまりは第一印象のアップです。目を見て相手のことを思っているよという意思表示も大事だそうです。
相手が望んでいることを理解して、それを先回りして行う、頭の回転の速さが必要です。また、いろんな経験や学びから、それを理解する力も重要です。
医療機関において、どんなにシステムが素晴らしく、施設が充実していても、そこで患者さんと接する人、看護師やドクター、事務スタッフや職員さんの態度が、横柄で上から目線であれば、絶対のその医療機関は伸びません。医療現場のほとんどは、人的要素が多く、人が変われば医療機関は変わります。
この接遇の精神はよくわかりますね。
いま、業態の垣根を越えて、他の業種で成功していることを、積極的に取り入れることが、生き残る道と言われています。
接遇、相手の気持ちを理解する・・・なるほどね~
接客と接遇、どう違うのか。
全日空講師によれば、接客は一方通行で、主に商品販売が主目的の行為と定義しています。一方、接遇は、双方向のコミュニケーションで、こちらが相手が望んでいることを理解して、積極的に行うことで、相手の満足度を上げることだそうです。
スマイルとアイコンタクト
笑顔が大事、つまりは第一印象のアップです。目を見て相手のことを思っているよという意思表示も大事だそうです。
相手が望んでいることを理解して、それを先回りして行う、頭の回転の速さが必要です。また、いろんな経験や学びから、それを理解する力も重要です。
医療機関において、どんなにシステムが素晴らしく、施設が充実していても、そこで患者さんと接する人、看護師やドクター、事務スタッフや職員さんの態度が、横柄で上から目線であれば、絶対のその医療機関は伸びません。医療現場のほとんどは、人的要素が多く、人が変われば医療機関は変わります。
この接遇の精神はよくわかりますね。
いま、業態の垣根を越えて、他の業種で成功していることを、積極的に取り入れることが、生き残る道と言われています。
接遇、相手の気持ちを理解する・・・なるほどね~
2012年7月20日金曜日
善人は強くなければならない
安岡正篤翁の言葉に「善人よ強くなれ」というのがあります。全員が善行を積むことは当たり前で、それゆえ善人と呼ばれるのであって、最も大事なことは、善人が強くなることだと述べています。
文中ではパスカルの言葉を引用し 「正義が強いか、強いものが正義か、正しい物が強くなるか、強い物が正しくなるか、より外に人間は救われない」とあり、安岡翁は、「救われるためにどうしても善人が強くならなければならない」としています。
強くなるためには、感情的・感傷的にならずに、線が太くならなければいけないとも述べています。
戦国時代などの乱世では、力こそ正義でした。勝者がすべて正しい時代です。強さとは、非情になることも必要なのでしょう。感情的・感傷的ではいけないのですね。夜叉の面をかぶり、心で涙する・・・ですか。使い方を間違えれば、とんでもないことになりますけどね。
金が正義と言う人もいました。それで、時代の寵児ともてはやされ、その後は、奈落の底に突き落とされました。報道の仕方もヒステリックに感じ、嫉妬ともとれ、成功者への妬みとも取れました。表現が、あまりにもストレートであったのが、世間の反発を買ったのでしょうか。
バブルがあって、バブルがはじけて、カリスマ政治家が持て囃され、金持ち父さん貧乏父さんがはやり、それを実現した人が持ち上げられては貶められ、今度は逆に、スピリチュアルブームが巻き起こり、そして今は、歯に衣を着せぬ発言が受け入れられるようになりました。時代の流れでしょうか。
その時代時代によって、正義と言うものは変わってくるのでしょうか。本来、正義は不変なもののように思いますがね。物事の本質は見極めなければなりません。善人の定義が難しいです。
でも、負けてしまえば、正論は消されてしまいます。やはり、安岡翁の言うとおり、善人は勝たなければなりません。
私は常に、多数決の反対側に、物事の真実が隠されていると思っています。数の論理は、時として暴力となり、正義を覆い隠してしまいます。それゆえ、正義は、善人は、勝ち続けなければならないのでしょう。そういう意味では、勝った者が正義なのかもしれません。それが民主主義なのでしょうかね。
善人は強くなければならない...すごく重い言葉ですね。
文中ではパスカルの言葉を引用し 「正義が強いか、強いものが正義か、正しい物が強くなるか、強い物が正しくなるか、より外に人間は救われない」とあり、安岡翁は、「救われるためにどうしても善人が強くならなければならない」としています。
強くなるためには、感情的・感傷的にならずに、線が太くならなければいけないとも述べています。
戦国時代などの乱世では、力こそ正義でした。勝者がすべて正しい時代です。強さとは、非情になることも必要なのでしょう。感情的・感傷的ではいけないのですね。夜叉の面をかぶり、心で涙する・・・ですか。使い方を間違えれば、とんでもないことになりますけどね。
金が正義と言う人もいました。それで、時代の寵児ともてはやされ、その後は、奈落の底に突き落とされました。報道の仕方もヒステリックに感じ、嫉妬ともとれ、成功者への妬みとも取れました。表現が、あまりにもストレートであったのが、世間の反発を買ったのでしょうか。
バブルがあって、バブルがはじけて、カリスマ政治家が持て囃され、金持ち父さん貧乏父さんがはやり、それを実現した人が持ち上げられては貶められ、今度は逆に、スピリチュアルブームが巻き起こり、そして今は、歯に衣を着せぬ発言が受け入れられるようになりました。時代の流れでしょうか。
その時代時代によって、正義と言うものは変わってくるのでしょうか。本来、正義は不変なもののように思いますがね。物事の本質は見極めなければなりません。善人の定義が難しいです。
でも、負けてしまえば、正論は消されてしまいます。やはり、安岡翁の言うとおり、善人は勝たなければなりません。
私は常に、多数決の反対側に、物事の真実が隠されていると思っています。数の論理は、時として暴力となり、正義を覆い隠してしまいます。それゆえ、正義は、善人は、勝ち続けなければならないのでしょう。そういう意味では、勝った者が正義なのかもしれません。それが民主主義なのでしょうかね。
善人は強くなければならない...すごく重い言葉ですね。
2012年7月19日木曜日
想いはかなう、念ずれば必ずかなう
何度もこのブログでも書いていますが、念ずればかなう、思いは通じるということを、改めて、考えさせられます。
アスリートの世界では、この言葉が実に、ぴったりと当てはまりますね。オリンピックを目指して、四大メジャー出場を目指して、MLBを目指してなど、夢であったことを、毎日思い続ければ、まさに岩をも通して実現できることを、多くのアスリートたちは、わかりやすく表現してくれています。
想いはかなう・・・改めてかみしめたい言葉ですね。
どこかで、夢と現実とを、勝手にバランスを取ろうとするのが、大人なのかもしれませんが、小さな目標を積み重ねることを考え、その先に大きな目標が待っていると思えば、実現可能かもしれませんよ。
アスリートの人たちも言っていますが、テクニカルな部分というよりも、精神的な要素の方が大きいとのことです。踏ん張りは精神力です。どれだけ、夢に対しての思いが強いかどうかですね。夢をあきらめないでなんてセリフもありますが、強い想いは必ずかなうという信念が大事ですね。
アスリートの世界では、この言葉が実に、ぴったりと当てはまりますね。オリンピックを目指して、四大メジャー出場を目指して、MLBを目指してなど、夢であったことを、毎日思い続ければ、まさに岩をも通して実現できることを、多くのアスリートたちは、わかりやすく表現してくれています。
想いはかなう・・・改めてかみしめたい言葉ですね。
どこかで、夢と現実とを、勝手にバランスを取ろうとするのが、大人なのかもしれませんが、小さな目標を積み重ねることを考え、その先に大きな目標が待っていると思えば、実現可能かもしれませんよ。
アスリートの人たちも言っていますが、テクニカルな部分というよりも、精神的な要素の方が大きいとのことです。踏ん張りは精神力です。どれだけ、夢に対しての思いが強いかどうかですね。夢をあきらめないでなんてセリフもありますが、強い想いは必ずかなうという信念が大事ですね。
2012年7月17日火曜日
第三の目
第三の目と呼ばれるものがあるそうです。直感をつかさどるところのようで、おでこの真ん中、眉間のあたりにあるそうです。チャクラの世界の話です。
ここを鍛えると、洞察力が磨かれるそうで、ここを鍛えると感がさえるのだそうです。
どうやって鍛えるのかは、その世界の方にゆだねますが、直観力は、良い方がいいですよね。先を見通す力ですから、迷ったら直感にゆだねることはよくあることです。それが、正しい方向に導いてくれるのであれば、それはそれでありがたい話です。
直感って、何も、神がかりなことばかりではないような気がします。経験から打ち出された結果、かこの経験がデータとなて、瞬時に、無難な方向を示唆してくれるのでしょうか。
ひらめきってありますよね。神が降りたなんて表現をするかたもおられますが、閃きにばかり頼るのもよくないですが、磨けるものなら磨きたいですね。
芸術家って、このひらめきが多いのでしょうか。
人間の体には、7つのチャクラがあるそうです。以前、このブログにも書いた「丹田」というのも、その一つです。
胸騒ぎ、嫌な予感、これも、一つの直感でしょうか。やめておいた方がいいよ、避けたほうがいよというシグナルですかね。
うまくできていますね。いつでも、守られているのかもしれません。感謝感謝。何事も感謝です。
ここを鍛えると、洞察力が磨かれるそうで、ここを鍛えると感がさえるのだそうです。
どうやって鍛えるのかは、その世界の方にゆだねますが、直観力は、良い方がいいですよね。先を見通す力ですから、迷ったら直感にゆだねることはよくあることです。それが、正しい方向に導いてくれるのであれば、それはそれでありがたい話です。
直感って、何も、神がかりなことばかりではないような気がします。経験から打ち出された結果、かこの経験がデータとなて、瞬時に、無難な方向を示唆してくれるのでしょうか。
ひらめきってありますよね。神が降りたなんて表現をするかたもおられますが、閃きにばかり頼るのもよくないですが、磨けるものなら磨きたいですね。
芸術家って、このひらめきが多いのでしょうか。
人間の体には、7つのチャクラがあるそうです。以前、このブログにも書いた「丹田」というのも、その一つです。
胸騒ぎ、嫌な予感、これも、一つの直感でしょうか。やめておいた方がいいよ、避けたほうがいよというシグナルですかね。
うまくできていますね。いつでも、守られているのかもしれません。感謝感謝。何事も感謝です。
2012年7月16日月曜日
命について
命ってなんだろう。命よりも重いものがあるのでしょうか。
いじめによる自殺が、連日報道されています。見て見ぬふり、気づいてて何も対処しない、まさか死にまで至るとは思っていなかったのでしょう。ほんの小さなことが、最悪な結末を生むこともあります。
その後の、教育委員会や学校側の態度は、保身に終始し、死と言うものに対して、決して真摯に向き合っていない状況です。命をなんだと思っているのでしょう。
防衛力と戦争を、イコールに考えることは良くないことかもしれませんが、問題のオスプレイも、米軍という軍隊は、人を殺すための舞台です。抑止力の論理はわかりますが、ここでは、政治的な話よりも、単純に考えて、やはり、武器や兵器は、命を奪うものです。
死には、いろんな形があります。寿命、天寿を全うすることが一番ですが、それ以外に、病死があります。防げる死の形には事故死があります。その中に殺人もあります。戦争もそうです。そして、長寿に逆らう行動が自殺です。
命よりも重いものが、この世に存在するのでしょうか。
いじめによる自殺が、連日報道されています。見て見ぬふり、気づいてて何も対処しない、まさか死にまで至るとは思っていなかったのでしょう。ほんの小さなことが、最悪な結末を生むこともあります。
その後の、教育委員会や学校側の態度は、保身に終始し、死と言うものに対して、決して真摯に向き合っていない状況です。命をなんだと思っているのでしょう。
防衛力と戦争を、イコールに考えることは良くないことかもしれませんが、問題のオスプレイも、米軍という軍隊は、人を殺すための舞台です。抑止力の論理はわかりますが、ここでは、政治的な話よりも、単純に考えて、やはり、武器や兵器は、命を奪うものです。
死には、いろんな形があります。寿命、天寿を全うすることが一番ですが、それ以外に、病死があります。防げる死の形には事故死があります。その中に殺人もあります。戦争もそうです。そして、長寿に逆らう行動が自殺です。
命よりも重いものが、この世に存在するのでしょうか。
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