「己を惑わす敵は、己の中にある」これもNHK大河ドラマ「龍馬伝」の中の台詞です。このセリフの続きは「外国を目の敵にする前に、自国を守るという心構えを持て」となります。当然、龍馬の台詞です。
目の前に起こる出来事は、すべて自分が起こしている、目の前の不幸は自分が連れてきていると教わりました。つまり、自分の心の中に、自分を惑わすものがあるということです。それはなんなのか、なぜそのような自分を不幸にすることを思ってしまうのか。
まだよくはわかりませんが、自分が小さいとき、嫌なことがあるとそこから逃げていた記憶があります。科白昼夢で、夢の中では果敢に戦い、勝利するヒーロであり、あるいは、みんなから同情される悲劇のヒーローであったと思います。それに満足している、あるいは、それに逃げていたような気がします。
成功している人は、常に、完全に勝ちパターンしか想像しておらず、絶対にダメになることはこれっぽちも思っていないと聞いたことがあります。問うぜ、ビジネスでの行動は、s会を読んで、あらゆる事態に備える野でしょうが、心の中は常に成功しているイメージのようです。
高杉晋作の言葉もここで紹介しました。「100万の大軍、恐るるに足らず。恐れるべきは、われら弱き民、一人ひとりの心なり」
私は今、自分の精神を鍛えるために、毎朝、塩水を頭からかぶっています。これからちょっと厳しい季節になりますが、今のところ毎日続けています。実はまだ半月ぐらいです。でも、「悪魔を払え、マイナスの心を払え」と唱えてかぶっています。これで制h芯が鍛えられるかどうかはわかりませんが、「己を惑わす敵は、己の中にある」のです。ここは気持ちで負けないようにしたいと思っています。
日頃の仕事の中からのこぼれ話あれこれ。お金に関することから、はたまた、お金とは全く関係ないことまで話題を広げています。「へぇ~」と思うことも時には掲載します。お気軽にお付き合い下さい。
2010年10月3日日曜日
2010年10月2日土曜日
悔しいと思ってくれ。心から思わないとダメ。
「悔しいと思ってくれ。心から思わないとダメ。」
テレビのあるシーンでした。教える側が、教わる側に向かっての台詞でしたが、ドキュメンタリーなのでどらまではありません。
教わっている側が、真剣ではありますが、できないことに対しての考え方を正しているシーンでした。できなで当たり前、悔しいと言葉には出るのだが、本当に悔しいと思っているのかという感じでした。心から悔しいと思わなければ絶対に改善はしません。
その同じ人が別の上司と思われる人から言われていました。
「中身のない言葉はいらない」
いつも怒られるたびに、反省の言葉を述べるのですが「しっかりとやります」「ちゃんとやります」「確実にこなしまう」というのですが、その言葉一つ一つに対して、中身のない言葉なんていらないといわれていました。ちゃんとやるとかしっかりやる東野は、考えれば当たり前のことで、ちゃんとできていないから失敗するのです。自分も、後輩にこのような言葉で答えられると同じようなことを考えるでしょう。中身がないと感じてしまいます。昔は私も「はいてた」セリフですね。考えれば今は使わなくなりました。
どちらも、厳しい言葉です。
テレビのあるシーンでした。教える側が、教わる側に向かっての台詞でしたが、ドキュメンタリーなのでどらまではありません。
教わっている側が、真剣ではありますが、できないことに対しての考え方を正しているシーンでした。できなで当たり前、悔しいと言葉には出るのだが、本当に悔しいと思っているのかという感じでした。心から悔しいと思わなければ絶対に改善はしません。
その同じ人が別の上司と思われる人から言われていました。
「中身のない言葉はいらない」
いつも怒られるたびに、反省の言葉を述べるのですが「しっかりとやります」「ちゃんとやります」「確実にこなしまう」というのですが、その言葉一つ一つに対して、中身のない言葉なんていらないといわれていました。ちゃんとやるとかしっかりやる東野は、考えれば当たり前のことで、ちゃんとできていないから失敗するのです。自分も、後輩にこのような言葉で答えられると同じようなことを考えるでしょう。中身がないと感じてしまいます。昔は私も「はいてた」セリフですね。考えれば今は使わなくなりました。
どちらも、厳しい言葉です。
2010年10月1日金曜日
悟りってどういうことでしょうか
「オーラの泉」の番組での話です。常にポジティブに物事をとらえようという内容で、いやなことにも意味があるのだととらえましょう。それをどういいことにするのかを考えれば、いやなこともいやでなくなるという内容でした。
試練は「ありがとう」と感謝して受け入れれば、必ず良い方向に向かう。なかなかできないことですが、いやなこと、悪いことは、その時点で必要なことなのだと思い、素直に受け入れることが必要です。
「類は友を呼ぶ」という言葉があります。いやなことばかり考え、いやな人のことばかり考えていると、同じような人しか寄ってこないとも言っていました。自分の考えを変えれば、集まって来る人も変わってきます。目の前のわざわいは、自分自身が引き寄せていると思いなさい。自分の考え方一つで幸せは来るとの話です。実に深い話でした。
「蓮の花は、泥沼に真っ白な花を咲かす。泥には栄養がある。人を鍛えてくれる」素晴らしい言葉ですね。
試練は「ありがとう」と感謝して受け入れれば、必ず良い方向に向かう。なかなかできないことですが、いやなこと、悪いことは、その時点で必要なことなのだと思い、素直に受け入れることが必要です。
「類は友を呼ぶ」という言葉があります。いやなことばかり考え、いやな人のことばかり考えていると、同じような人しか寄ってこないとも言っていました。自分の考えを変えれば、集まって来る人も変わってきます。目の前のわざわいは、自分自身が引き寄せていると思いなさい。自分の考え方一つで幸せは来るとの話です。実に深い話でした。
「蓮の花は、泥沼に真っ白な花を咲かす。泥には栄養がある。人を鍛えてくれる」素晴らしい言葉ですね。
2010年9月29日水曜日
100万の大軍、恐るるに足らず 恐れるべきは、われら弱き民、一人ひとりの心なり
「100万の大軍、恐るるに足らず。恐れるべきは、われら弱き民、一人ひとりの心なり」今回もNHK大河ドラマ龍馬伝からの心に残った台詞です。
長州征伐で薩長同盟が実現した後での、幕府軍は長州を攻撃しました。100万の大軍にたいして数千の一小藩軍。指揮するは高杉晋作。
結果、幕府軍が一小藩に敗れるという、まさに他の藩に示しのつかない、まさに求心力が低下していくことになる重要な出来事でした。やはり政治の世界でも、選挙など、あるいは内部抗争に勝たないと、求心力がなくなるというのはこういうことなのですかね。
高杉晋作は圧倒的な不利な状況で、必死に兵士を鼓舞しました。武士だけが戦っている場合ではないと、一般市民も戦う騎兵隊を結成。まさに団結力を高めていくという、絶好の戦略です。
「100万の大軍、恐るるに足らず。恐れるべきは、われら弱き民、一人ひとりの心なり」もう駄目だと思った時点で、勝負はついているのですね。人生なんども崖っぷちに立たされることがありますが、負ける原因は己の中にあるということですか。強い信念、自分を信じることが大事ですね。そしてあとは感謝を忘れずに。
長州征伐で薩長同盟が実現した後での、幕府軍は長州を攻撃しました。100万の大軍にたいして数千の一小藩軍。指揮するは高杉晋作。
結果、幕府軍が一小藩に敗れるという、まさに他の藩に示しのつかない、まさに求心力が低下していくことになる重要な出来事でした。やはり政治の世界でも、選挙など、あるいは内部抗争に勝たないと、求心力がなくなるというのはこういうことなのですかね。
高杉晋作は圧倒的な不利な状況で、必死に兵士を鼓舞しました。武士だけが戦っている場合ではないと、一般市民も戦う騎兵隊を結成。まさに団結力を高めていくという、絶好の戦略です。
「100万の大軍、恐るるに足らず。恐れるべきは、われら弱き民、一人ひとりの心なり」もう駄目だと思った時点で、勝負はついているのですね。人生なんども崖っぷちに立たされることがありますが、負ける原因は己の中にあるということですか。強い信念、自分を信じることが大事ですね。そしてあとは感謝を忘れずに。
2010年9月28日火曜日
力のないものでも...
「力のない者でも、本気で声を上げたら本気で動いたら必ずこの国を変えることができる」NHK大河ドラマ「龍馬伝」の中での龍馬のセリフです。なぜ土佐の一介の下士、しかも脱藩浪士が、日本のためとはいえ、そおこまで己を捨ててできるのかという問いに対する答えです。
確かに、坂本龍馬という脱藩浪士が、薩摩の西郷吉之助や長州の桂小五郎という、慰安でいう重役クラスの人に、そう簡単に会えるはずがなく、また、対等に交渉ができるとは思えません。
「本気で声を上げたら」「高い志」という言葉もよく出てきました。「志だけでは何もできない」と、武市半平太が死んだあとのセリフも印象的です。そこで始めた金儲けが亀山社中の商社です。
ただ、強い信念は確かに必要です。強い信念、誠実な心、邪心のない心が人を動かします。
坂本龍馬はフリーメイソンだという説もありますが、近年、彼自身がフリーメイソンではなく、フリーメイソンの使い走りであったという説が有力のようです。トーマス・グラバーは間違いなくフリーメイソンだったのでしょう。その強大な組織力なくして一介の浪人に、国を動かすなんてことはできないでしょう。
「力のない者でも、本気で声を上げたら本気で動いたら必ずこの国を変えることができる」なんでも本気は大事で、一生懸命が大事です。それにしても、幕末物はやたら説教が多いですね。
確かに、坂本龍馬という脱藩浪士が、薩摩の西郷吉之助や長州の桂小五郎という、慰安でいう重役クラスの人に、そう簡単に会えるはずがなく、また、対等に交渉ができるとは思えません。
「本気で声を上げたら」「高い志」という言葉もよく出てきました。「志だけでは何もできない」と、武市半平太が死んだあとのセリフも印象的です。そこで始めた金儲けが亀山社中の商社です。
ただ、強い信念は確かに必要です。強い信念、誠実な心、邪心のない心が人を動かします。
坂本龍馬はフリーメイソンだという説もありますが、近年、彼自身がフリーメイソンではなく、フリーメイソンの使い走りであったという説が有力のようです。トーマス・グラバーは間違いなくフリーメイソンだったのでしょう。その強大な組織力なくして一介の浪人に、国を動かすなんてことはできないでしょう。
「力のない者でも、本気で声を上げたら本気で動いたら必ずこの国を変えることができる」なんでも本気は大事で、一生懸命が大事です。それにしても、幕末物はやたら説教が多いですね。
2010年9月25日土曜日
だんどりが悪い人は料理番組を見ろ
斉藤孝先生、東京大学卒、明治大学文学部教授で、「声に出して読みたい日本語」のちょすおで有名な先生です。テレビにもご出演で、ユニークな勉強方法を教えてくれます。
あり番組で、段取りが悪い人は料理番組を見ろという内容のお話をされていました。要は、紙と鉛筆を持つことが大事で、メモを取ることだそうです。
料理番組は、実にコンパクトに、手際よく、順序立てて作り方を紹介してくれます。まずは材料の準備、それも、分量まで細かくおしえてくれ、その通りの手順で行えばだれにでもおいしい料理ができるというすんぽうです。
先生は教室で生徒に教室で「3分間クッキング」を早送りで見せてメモをさせるそうです。確かに3分でおいし料理ができるのですから、いかに時間をうまく利用して行わなければならないか、まさに段取りの良さが問われます。
フジテレビで「料理の鉄人」がありましたが、私の友人が当時の番組のスタッフで、本当に1時間で作っていたと感心していました。
段取りの良さは時間の有効活用であり、お金を生む大事なプロセスです。なるほど、料理番組ですか。
あり番組で、段取りが悪い人は料理番組を見ろという内容のお話をされていました。要は、紙と鉛筆を持つことが大事で、メモを取ることだそうです。
料理番組は、実にコンパクトに、手際よく、順序立てて作り方を紹介してくれます。まずは材料の準備、それも、分量まで細かくおしえてくれ、その通りの手順で行えばだれにでもおいしい料理ができるというすんぽうです。
先生は教室で生徒に教室で「3分間クッキング」を早送りで見せてメモをさせるそうです。確かに3分でおいし料理ができるのですから、いかに時間をうまく利用して行わなければならないか、まさに段取りの良さが問われます。
フジテレビで「料理の鉄人」がありましたが、私の友人が当時の番組のスタッフで、本当に1時間で作っていたと感心していました。
段取りの良さは時間の有効活用であり、お金を生む大事なプロセスです。なるほど、料理番組ですか。
2010年9月24日金曜日
常識と真理は違う
「常識と真理は違う」このフレーズもいつまでも心に残っています。
このブログでも「空気を読むな」という物語コーポレーションという会社の社長の言葉をご紹介しましたが、このフレーズもなかなか奥が深いものです。
「人間が思ったことが常識となる。真理に沿って生きていれば常識はいらない。」というフレーズがこの後に続きます。大勢に求められたことが常識となり、少数派は排除されるのでしょうか。多数決が必ずしも正しいとは限りません。
ものごとの本質を見極めるのは非常に難しいです。心の曇った人が多くいて、その世界で多数派なら必ずしもそのことは正しいことなのか。俗世間でいえば、欲が支配している世界での常識は真実なのか。
何やら禅問答のような感じですが、人の顔色ばかりうかがって、自分でないも判断しない、KYになりたくない心理からの判断は、えてして多数派にすりよるもになり、この「常識は真理とは違う」の精神に反することになります。
そこには、確固たる自分の信念が必要で、自分に負けない強い心が必要です。何よりも強く念じる、自分が正しいと思ったことを実現するために強く念じることができる精神力が必要ですね。
「人間の持っているエネルギー凄はい。できる の発想が必要」という言葉で締めくくっていたかと思います。人間はすごいのです。「できる」のパワーはすごいのです。
このブログでも「空気を読むな」という物語コーポレーションという会社の社長の言葉をご紹介しましたが、このフレーズもなかなか奥が深いものです。
「人間が思ったことが常識となる。真理に沿って生きていれば常識はいらない。」というフレーズがこの後に続きます。大勢に求められたことが常識となり、少数派は排除されるのでしょうか。多数決が必ずしも正しいとは限りません。
ものごとの本質を見極めるのは非常に難しいです。心の曇った人が多くいて、その世界で多数派なら必ずしもそのことは正しいことなのか。俗世間でいえば、欲が支配している世界での常識は真実なのか。
何やら禅問答のような感じですが、人の顔色ばかりうかがって、自分でないも判断しない、KYになりたくない心理からの判断は、えてして多数派にすりよるもになり、この「常識は真理とは違う」の精神に反することになります。
そこには、確固たる自分の信念が必要で、自分に負けない強い心が必要です。何よりも強く念じる、自分が正しいと思ったことを実現するために強く念じることができる精神力が必要ですね。
「人間の持っているエネルギー凄はい。できる の発想が必要」という言葉で締めくくっていたかと思います。人間はすごいのです。「できる」のパワーはすごいのです。
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