2011年3月8日火曜日

不幸を数えることはよくない

 先々の不幸ばかりを数え上げて、あるかないかの不幸を予測し、己の動きを押しとどめることはおろかなこと。考えることばかりで、安心を追いかけるあまりに行動が鈍ることへの警告です。
 誰でも先々は不安なのものです。用意周到といえばそれも大事なことです。無鉄砲がよいことではありません。しかし、考えるあまりに行動が鈍ることはよくありません。動いて初めてわかることもあります。動きながら考えることもありですよね。
 考えることは大事で、想像力は大事です。それと行動、動きがリンクすることはありません。行動は、思考とは別のような気がします。成功者といわれる人は、決して動いていないことではありません。熟考はしていますが、それでも必ず何か動いています。
 動くことは重要です。動いて「なんぼ」ですかね。とにかく動かないとなにも始まりませんからね。

2011年3月7日月曜日

名将と呼ばれる者は、みな悪徳と背中合わせに生きている

 歴史上の人物でも、一代を築いた人は、どんな人でも、光と影があると言われています。どこか非情であるところがあります。小泉純一郎元総理が、郵政解散での刺客と呼ばれる対立候補者を擁立するときにも「時には非情に徹しなければならない」と言っていました。
 戦国武将の織田信長の非情さは有名ですね。土佐(高知)の山内一豊の長宗我部氏勢力の一掃にも、非情な手段を使っています。どちらも名将と呼ばれています。
 名将と呼ばれる者は、みな悪徳と背中合わせに生きています。大なり小なり、いろんな事はあります。大きなことをするときは、小さな過ちは仕方がない。これも、よく言われれうことです。
 後者の部分は、正しいかどうかはわかりませんが、人には必ず光と影があり、片方でその人物を判断してはいけないということなのでしょう。
 

2011年3月5日土曜日

謀多きは勝ち、少なきは負ける

 西国一の大名までに上り詰める毛利元就の言葉です。もともと、これは出雲の国人、尼子経久の言葉で、大河ドラマ「毛利元就」では、尼子経久役の緒方拳の、劇中での「謀多きは勝ち、少なきは負ける。戦いの世に生きる男のありようだ」というセリフがあります。

 相反する表現で「策に溺れる」という言葉もあります。おそらくこれは。基本があって、王道があって、奇策があるということで、何事も小手先だけではだめだ、芯がしっかりとしていての奇策ということなのでしょう。「奇策は危険を伴う」とも言われていますが、リスクを取らなければ戦局は好転しないこともあります。王道を貫くだけが戦略ではありません。どうせ敗れるなら王道の方が悔いは残らないと言う、武士道のような考えもありますが、負けを前提に戦をする人はいません。

 「情報がすべて。戦う前に結果は見えている」「戦は始まった時にすでに勝敗は決している」「戦わずして勝つことが本当の戦だ」すべて、毛利元就を主人公としたドラマのセリフですが、すべて正しいですね。今の時代にもばっちりと当てはまる言葉です。本田圭介の「すべて準備が大事」に通じるものがあります。「試合の勝ち負けは練習で決まる」「練習は正直」これらもアスリートの言葉ですが、戦うものすべてに言えることです。イチローは練習の仕方にこだわるそうです。効率的ということですね。

 戦国武将からは学ぶことが多いです。「戦」の世の中は嫌いですが、皮肉にも、乗り物やインターネットなどは、軍事により発展したものです。便利の裏側に、多くの人の命が失われていることを忘れないようにしたいものです。

2011年3月4日金曜日

ストレスフリーの生き方をしたいですね

 決まっていることはじたばたせずに楽しく受け入れる。とても楽な生き方ですね。一方、最後まであきらめずに戦う。これも必要な生き方ですね。この両方の生き方は相反するものなのでしょうか。

 最後までもがきにもがいて、結論が出るまでは、絶対にあきらめない姿勢が大事です。でも、どうしようもない結果が出たとき、それはその事実を受け入れて、後はなるようになるさの、ケ・セラ・セラがいいのでしょうね。でも、その境地に入る前提として、それまで一生懸命頑張るということです。ここまで頑張ったのだからと、自分に納得することですね。ケ・セラ・セラだけでは、後悔が付いて回りますからね。

 「ストレスフリー」はいつもキーワードです。どんな局面でも、仕事でもプライベートでも、とにかくストレスフリーが望ましいですね。
 しかし、日々、生活をしていると、多くの場合、ストレス賦課の場面は多くあります。ストレスをいかに逃がすか。ストレスとの上手な付き合い方が、心のメンテナンスなのでしょう。常に自分の行動に納得するように心がけ、当然、その行動を起こす前には、十分な準備が必要で、その考えに至った経緯に自信を持ちます。検証は確固たる裏付けによる行動でない限り、原因解明はできませんからね。その行動の前提が正しいのかどうかはわかりません。あとは結果を待つ。結果が出た後はケ・セラ・セラですね。

2011年3月3日木曜日

友達ってなに

 大人になると、なかなか友達って作りづらくなりますよね。
 いざという時、自分が困っているときに手を差し伸べてくれる、助けてくれる人が友達だという定義は間違いです。自分が心配してあげる人がいる。自分がいざという時に何とかしてあげたいと思える人が友達です。相手が自分にどうしてくれるかを計るのではなく、自分が心から、何かをしてあげられる人かどうかが重要なのです。

 自分の弱さを見せられる人が友達なのでしょう。自分から、実は駄目な人間なんだと言えば、相手も実は私も駄目なんだと言いあえれば、それはとても良い関係なんだと思いますね。

 「恋」と「愛」は違うなんてことも言いますよね。「恋」は奪うもので、「愛」は与えるものだと。奥が深い話ですね。「恋は盲目」なんていいますよね。「恋は身勝手」とも表現しますね。

 何かをするのに、つねに主語が「自分=I(アイ)」の人、いますよね。常に自分中心で、自分のことしか考えていない。自分が嫌だからやらない。自分のもうけのために人に親切にする。善は、人のためではなく、己のよくをかなえるためというのが見え見えの人。いますよね。

 無心で、人に尽くしてこそ、心が伝わるのでしょう。それが好循環を生みます。
 友達をいっぱい作りましょう。

2011年3月2日水曜日

ピンチはチャンス

 よく言われている言葉です。ピンチにチャンスあり。精神面での奮起を計る意味でもあるのでしょうが、実際にピンチの時ほど、たくさんのチャンスがあるようです。それは、目の前の利益だけではなく、学びもオスですし、経験も貴重な財産です。
 ただ、どうしても物理的な改善、あわよくば、逆転を狙いがちです。心の満足だけでは飯は食えませんから、精神面も物理面も両方必要です。でも、精神面、ピンチの時に得た友や情報、必ず後に、恩恵として自分に戻ってきます。時間が解決するのでしょうね。我慢比べですかね。
 ピンチの時の得たチャンスは、往々にして大きなものでもあります。今までの成功者は、必ず、大なり小なりピンチを迎えております。その時の自分の有様で、その後の人生は変わります。ピンチの時の振る舞いこそ、最も重要だと言えるのでしょう。
 人生、生涯、学びですね。

2011年3月1日火曜日

知識・経験・知恵

 ビジネスセミナーや自己啓発セミナーなどでよく聞かれるものですね。「知識×経験=知恵」と表現されていますね。
 知識は大事です。知っていると知らないでは大きな違いがあります。勉強は大好きです。知らないことがわかるようになるんですよ。いつも言いますが、学生時代は、勉強の仕方を学ぶ場です。社会で役に立つかどうかは関係なく、数学や古典、物理や歴史、とにかく何でも学ぶのです。役に立たない物は一切ありません。すべてを学んでいない限り、社会人になって、これが必要だと思っても、その情報を効率的に取るすべを知らないままでいるこおとになります。経営者の会などの場で古典や歴史を知らないと会話がはずます、ビジネスパートナーにも慣れないということがあります。地位が上がるごとに、文化や芸術はついて回ります。経営において数学的発想の場面はいっぱいあります。人間性だけでは切り抜けないことは山ほどあります。知識は絶対に必要です。
 経験も必要です。でも経験だけではダメです。知識に裏打ちされた経験は進歩しますが、やみくもに経験を積むだけでは、時間の無駄とは言いませんが、時間をロスします。表現は乱暴ですが、頭がない人ほど、経験を重視します。知識者を、経験もない頭でっかちと非難しますが、両方大事だということを理解しましょう。
 でも、これだけでもだめなのですね。知識は、アウトプットして初めて開花します。知識を表に出し、それを商品化したり、サービスに転嫁したりと、工夫して世に出す、そこに価値が見出されます。それには、経験が必要です。やったことのないことは時間もかかりますし、失敗もあります。それを繰り返して、効率を上げるのです。それが知恵です。知識と経験から知恵が生まれます。知恵を生むことを意識して経験を重ねます。その時に知識が必要だと、痛いほどわかるのでしょう。
 投資においても「効率的」という言葉をよく使います。少ない投資額で最大の利益を得るなどという時に使います。「資金×時間=収益」でしょうか。良い金融商品とは効率的な商品ということで、リスクに見合ったリターンを得ることができる商品が良い商品となります。リスクが高いのにリターンが少ないのは最悪です。
 私たちの行動も効率的な動きが求められます。ただ、人間は感情の生き物なので、効率的だけを求めると失敗します。「効率×感情=成果」とでも言うのでしょうか、損して得取れのたとえもあります。
 物事単純ではないので、難しいですね。