2011年11月1日火曜日

貴船神社の御神水について

 先月上旬に鞍馬へ行ってきました。それはもうすごい山道で、汗だくになり、鞍馬寺から奥宮を抜けて、最後は貴船神社にたどり着くコースでした。  貴船神社には御神水があって、そこには「水五訓」が書いてありました。その内容は 水五訓 1、自ら活動して他を働かしむるは水なり 2、常に自ら進路を求めて止まざるは水なり 3、自ら清くして他の汚水を洗い清濁併せ容るるの量あるは水なり 4、障害に逢い激しくその勢力を百倍するは水なり 5、洋々として大洋を充たし、発して蒸気となり雲となり雪と変し霰と化し凝っては玲ろうたる鏡となる、而   もその性を失わざるは水なり  そこで竜神さんの水晶玉を買いました。水は清くもあり、濁ることもあり、水を見る人の心を映し出しているのでしょうか。水は気持ちによっては、暴れ水にもなったり、せせらぎのごとく静かなものなったりするのでしょうか。水の心は奥深いです。

2011年10月31日月曜日

ふとした時に観音経を唱えています

 想いは必ずかなう。これはよく耳にする言葉です。しかし、悪い想いも実現されます。人への恨み妬みは。巡り巡って必ず自分のところに帰ってきます。それだけ想いというおは強いものです。  ましてや、その想いを言葉にするとパワーは増幅されます。夢、なりたい自分を公言することで、それは現実となります。これはいい話ですが、マイナスの言葉を発すると、それもまた、パワーは増幅されます。良いことも悪いことも、全部自分に帰ってきます。  人間ですから、完ぺきではないので、どこかでねたみもあり、畜生と思うこともあります。私はそんなときは観音経を唱えるようにしています。完璧に観音経を覚えているわけではないので、なんとなく観音経をイメージするようにしています。そして、時間があれば、長いですが、観音経を写経します。  仙人ではないですから、どこかで悪い言葉を発し、そう思うことも多々あります。そんな時に、ふと我に返って、それを反省する姿勢が大事なのでしょう。そういう習慣をつけることが重要な気がします。

2011年10月30日日曜日

柔軟性は真実を見極めるコツ

 物事は、いろんな角度からみれば、まったく違ったものに見えます。一つのものをいろんな角度から見ることは非常に重要です。それは偏見をなくすということです。偏見は視野を狭くします。偏見は本質が見えなくなってしまいます。  物事をいろんな角度から見るということに重要なのは経験です。もう一つは想像力です。この二つから、洞察力は養われます。ここが重要です。  頭が柔らかいというのは、この偏見という概念が無いことなのかもしれません。柔軟性というのは、こだわらないという言葉と等しいのかもしれません。  柔軟性は、物事の真実を見るためには必要です。

2011年10月26日水曜日

イメージは大事

 イメージは大事です。悪いことばかり考えていると、実際に現実に呼び込んでしまうそうです。いいイメージを持つことが大事です。思いは必ず伝わります。思いは必ず実現します。だから、いいイメージを常に持つようにしましょう。必ず問題は解決します。今起きていることは、その解決のための必要なステップです。これをクリアすれば、必ず光はさしてきます。  思考の好循環ですね。難題、試練は、ありがとうと言って受け入れる姿勢が大事です。解決策は、どこからか必ずやってきます。ひょっとししたらもう目の前にきているのかもしれません。  なにやらどこかの宗教団体のようなセリフになていますが、でも、本当に大切なことですね。がんばろう!!

2011年10月24日月曜日

ダメだと思ったときからが本当の勝負

 松岡修三という、やたら熱いイメージの、元日本テニスプレイヤーがテレビに出ていました。「応援」というテーマで、応援する側も必至で応援しなければならないと力説していました。  応援にもコツがあるそうで、相手の気持ちになることが大事そうです。特に、相手の過去を知り、「一度はあきらめたこの世界にまた戻ってきたじゃないか」「本当は○○になりたかったんだろう。あの時と同じようにまたあきらめるのか」と叱咤激励するそうです。  その叱咤激励にも、声をかけるタイミングがあるそうです。それが「限界を超える」時だそうです。限界を超えるときとは「ダメだ、もう無理」と思った瞬間だそうです。そこから先は、なかなか一人では立ち向かえないものです。そりゃそうでしょう。本人は「もうダメだ」とあきらめかけているときですからね。この限界を超えた時にこそ、「かつてお前は・・・」という過去の後悔を思い出させ、今最後の力をもう一度振り絞れと励ますそうです。これは効くそうです。いや効きますよね。  「ダメだ」と思った時からが本当の勝負です。そこから本当の実力が内面から出てくるのでしょうし、その時にきっと神様は救いの手を差し伸べてくださるのでしょう。限界を超える前には奇跡は起きません。奇跡は、自分が100%以上の力を出した時にこそ訪れるものだと思います。

2011年6月12日日曜日

「頼みごと」は“試され”ごと

 昨日、飲食店チェーンオーナーの方とお話をした際に、教えて頂いた言葉です。「頼まれたこと」を、ただそれだけをするのではなく、相手に分かりやすく、見やすく、あるいはこうすれば相手のためになるという、一工夫して、頼まれたことを、よりスピーディーに行うことで、確実の信用を得ることができます。つまりは人にものを頼むことで、その人を試しているのだという教えです。

 「一」をいって「十」を知るという言葉がりますが、今どきの人は(なんて年よりくさいセリフでしょう)、なかなか「一」をいって「十」を知る行動をとる人は非常に少ないです。マニュアル化とリスク回避行動、さらには変な効率化追求などから、人は、必要以上のことをしなくなりました。それが無難に世の中を生きていく方法と思っているのです。私が今どきの人間と付き合いたくないのは、おそらく、絶対的な価値観が異なるからでしょう。

 頼まれたことを確実に行うのは当たりまえで、それ以上のことを想像して、あるいは相手の身になって、すすんで行うことに、信頼が生まれ、自分の価値を相手に認めてもらうことになるのだと思います。

2011年6月8日水曜日

今だからできること

 宮城県ゆかりのアーティストが集まって、「みやぎびっきの会」を結成し、歌声を被災地にというイベントの紹介がありました。いろんなところで、チャリティーは行われています。

 それに参加したさだまさしさんが「僕たちは、被災された時には何の役にも立たない人間ですが、少し落ち着いてきて、さあこれからという時には役に立つ人間です。」とおっしゃっていました。

 東日本大震災の被災の映像を見て、その後のニュースを見るたびに、いかに自分は、ファイナンシャルプランナーやコンサルタントの資格は、こんな時に無力なのかと痛感していました。何もできることはない。木材ひとつ運ぶこともできず、資金援助する余裕もない。なんと情けないとずっと思っていました。

 少し前、NHKで「再開」をテーマに、笑福亭釣瓶さんとさだまさしさんが、被災地を訪れ、いろんな人と再会する番組がありましたが、なぜだか涙が止まりませんでした。

 歌を歌う、演技するなど、形のないものを極める人たちは、ある意味、時間というものを提供しています。空間とか空気でもいいかもしれませんが、見てくれるひとに、空間を共有してくれる人に「感動」を与えることを使命とされています。
 いま、震災から時間が経過し、少しずつまわりを冷静に見ることができるようになった心に、優しく語りかけることができるようになったのかもしれません。だからいま、彼らは立ち上がったのでしょうか。

 私にもきっとできることがあると思います。さださんの言うような「こんな時に役に立つ」人間になれるのでしょうか。いや、そういう人間になりたいです。