2011年12月5日月曜日

背中が語る

安岡正篤先生の言葉です。  人を観るときは、前より後から観るのがよい。前はつくろえるが後はごまかせないからだ。後姿の淋しいというのは何よりもよくない。逆だと人間が出来たのだ。  具の根も出ない言葉です、背中が語るとは、こういうことですね。この言葉に何の解説もいりませんね。  安岡正篤先生は陽明学の第一人者で、歴代総理(佐藤栄作、中曽根康弘氏ほか)の指南役でもあり、「平成」という年号を考えた人でもあります。奥深いです。いま、安岡正篤先生の本を読みはじめました。勉強になりますね。

2011年11月30日水曜日

来年は変化の年だそうです

2011年はいろいろ波乱の年でした。今年は、いろいろ、潜んでいた問題点が表に出る年だそうです。マイナスの部分がすべて表に出る年、デトックスでしょうかね。  東日本大震災もそうでしょうか。とにかく内在している悪いことがすべて表面化する年だそうです。  来年は、新しいものが生まれる年だそうです。大きく変化をする年だそうです。大きく変わります。今年あまり良いことが無かった人、来年はよくなるそうですよ。  何事も大きく羽ばたくときは、深くしゃがまなければなりません。何事も前向きにとらえることです。

2011年11月24日木曜日

立川談志師匠がなくなりました

立川談志師匠がこの世をなくなりました。天才肌といわれ、異端児といわれた巨星が堕ちたようです。  テレビで故人を想い忍ぶ中に  「過ぎたる謙虚は傲慢だ」 と言われたそうです。日本人は謙虚は美徳という風潮がありますが、このセリフは実に奥深く、うんちくがあるような気がします。  「天狗になっている人には勢いがある」 これも談志師匠のセリフです。談志さん特有の逆説でしょうか。逆説は、実はストレートに相手に響きますね。

2011年11月23日水曜日

お金とスピリチュアルと幸せ

お金は大事です。お金がないと心がふさぎます。余裕が持てません。スピリチュアルどっぷりの人は、お金に対する感情を重視しませんが、お金がなければ何もできないのも事実です。将来、通貨というものはなくなると、宇宙規模の話の中で理論を展開する人がいますが、そんなことはあり得ません。お金は重要です。  でも、お金に振り回されたくはないですよね。お金の余裕があって、はじめて精神論なのかもしれません。精神論だけで生きていけるのであれば、それはある意味、解脱しているのか、寄付で成り立っているのか、あるいは現実逃避なのかなのでしょう。でも、お金に振り回されないようにするために心を鍛えることは重要ですね。  お金の世界とスピリチュアルの世界は両立しないのかもしれませんが、それでも、どちらも大事です。  ここずっと、お金とスピリチュアルの世界を書いていますが、金儲けのために精神を鍛えるということはありません。お金を稼ぐのと精神を鍛えるのは別の次元で、目的も違います。幸せになるという目的なら同じでしょうが、お金がなくて幸せになることは厳しいですし、お金があっても幸せではありません。  お金は重要です。心も重要です。まだまだ修行半ばですね。FPとして、お金の現実ど真ん中の仕事と、かたや鎌倉でスピリチュアルを勉強していますが、まだまだ、道は遠いです。

2011年11月22日火曜日

運気を上げるためにスピリチュアルや風水があるわけではありません

金運ってなんでしょうか。壺を買ったり頻繁に神社詣でをすることでお金が増える、お金が手に入るわけではありません。  恋愛運、金運、仕事運を得るためのスピリチュアルというか、風水というか、そういったものはありません。自らの「気」をただすことのために風水があり、スピリチュアル的なアドバイスがあります。きれいな体に「運」は宿るという考え方です。金運を上げるために体をきれいにするというのは本末転倒です。  体をきれいにするということは、「気」をきれいにするということです。「気」をきれいにするということは、チャクラと呼ばれるところを整えることです。そうすることで、自然と良い空気が、良い流れが宿ってきます。それが「運」がついたということになります。  自己投資は、自らの「気」を整えることに必要で、金運を上げるということにかけることではありません。それは、自らを高めるところに必用です。

2011年11月21日月曜日

お金の欲求と精神世界は別

スピリチュアルとお金の世界は別です。金運アップとか、お金持ちになるとかありますが、必ずお金持ちになるわけではありません。そもそも欲と精神の世界は相反するものだと考えます。  そもそもお金は清いものだといわれています。「金」は光り輝くもので、むかしから聖なるものの象徴でもあります。お金に汚れがついてくるのは、人間の欲がまとわりつくからです。  精神を鍛える、こころを清らかにすることは、自然と、聖なる「金」が集まる心を養うことなのでしょう。そして、その心がお金を呼ぶのだと考えます。お金がありすぎると不幸になると言われたりもしますが、それは、お金の魔力に振り回されているのでしょう。その魔力に打ち勝つ清い心が、お金を持つ人には必要だということになるのでしょう。それがスピリチュアルの世界の考え方です。  「西に黄色」とか、「金運神社参拝」などがありますが、それだけでお金持ちになるのなら苦労はしませんよね。しかし、世の中で成功している実業家の方々や多くの社長さんたちは、どこかで、このスピリチュアルの世界とかかわっています。お金を稼ぐのは実社会、つまり人の技量であり手腕で行います。ただ、お金が稼げることへの感謝の心で精神世界と向き合っているのでしょう。自らの研さんでお金を稼ぎ、稼ぐことを感謝し、社会に貢献することで、事業に成功しているのだと思います。  金持ちになるとのふれこみで、精神世界を説くのはいかがなものか。修行により、お金を取ることは言語道断です。

2011年11月18日金曜日

勝ち組と負け組について

勝ち組と負け組  そんな言葉をよく聞きます。格差社会の本家アメリカでは、勝ち組は20%ぐらいです。その20%の人たちは平均年収2000万円だそうですが、残りの80%は年収500万円ぐらいだそうです。  それはお金の話で、果たしてそれだけで豊かといえるのかどうかです。しかし、アメリカという社会では、完全に資金力が豊かさのバロメーターです。社会制度がそうなっているからです。十分な医療を受けるにはお金は必要です。お金がないと、入院もできません。老後資金も401kですから、自分で増やさなければなりません。北欧のような、病院へは財布を持たないで行くところとは異なります。  アメリカでは宗教が流布しています。ほとんどの国民は教会に行きます。無宗教という人が多い日本とは異なり、アメリカ人は心が病んでいるということがいえるのでしょうか。アメリカ人は眠剤を含めた精神役服用率は高いのではないでしょうか。  日本にいるから言えることは、お金だけがすべてではないということです。アメリカ式の勝ち組ではなく、日本式の勝ち組があってもいいと思います。それは精神的豊かさが成り立つ国だからです。TPP参加で、日本の文化は消える問われていますが、日本の心の豊かさまでもむしばまれることがないようにしてもらいたいです。  勝ち組は、豊かな資金力を手にすることだけではありません。